くまの窓 ~柔道家・柔道整復師・大学教員のいなじのブログ

柔道家で、柔道整復師で、大学教員のいなじのブログです。

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仕事で20キロ歩く

わたしが所属する学生課の仕事に、年に一度行われる
学園ウォーキング大会の企画・立案がある。

今年は東松山市、坂戸市、川島町を歩く約20キロのコース。
本番は10月なのだが、その前に、トイレの場所や休憩ポイント、
危険ポイント等をチェックする「試歩」を行った。

試歩メンバーは、学生課の若手男子3人、Tさん、Uさん、Sさん(いずれも20代)と、
なぜか参戦することになったワタクシ(アラフォー)である。

朝、職場に集合。
学生部の大先輩、T課長とAさん(いずれも女性)、M参事(親分)がお見送りをしてくれた。



それじゃ行ってきま~す

おう、雨具は持ったのか?

折り畳み傘は持ってます

ちょっと待ってろ、カッパ持ってきてやるから



親分は心当たりがあるのか、どこかへ消えていった。




…。




……。




(出かけられないすね)



親分が帰ってきた。



カッパなかったわ!大雨で立ち往生したら…自力で帰ってこい!わははは!



…。



親分の手荒な歓送の辞を受け、出発。

すると背後から声が。


ちょっと待って!バンドエイド持った?

バンドエイド持ったら消毒液も持って行かないと!

転んですり剥いたら大変だからね

靴ずれも大敵だからね

そうそう、最近…


ヤマビルが里まで下りてきてる からね



やられると 血が止まらない からね


こわいわよ~、ヤマビル。

見えないところに潜んでるのよね~

いつの間にか靴の中に入ってたりね

いやよね~

ヤマビルを甘く見ちゃだめよ!

若い人たちはヒルなんて知らないでしょ。こわいのよ!
あ、イナガワさんいるから平気か



…。



わたしはたしかにだんしたちより余分に生きているが、
ヤマビルに遭遇したことはあっても本気で戦ったことはない。



おかんたちにバンドエイドとマキロンとヤマビル情報を仕込まれ、ようやく出発。


タイムキーパーのSさんがつぶやく。



今ので10分ロスしました




出発してすぐは、山中の道を歩く。

出発!



いきなり倒木

倒木


これやっつけなきゃなんないっすね

ここ大学の敷地ですかね だとすると管理課ですね

確実に学生課ではないですよね

うむ、学生課ではない


倒木は迂回して回避し、ついでに責任も回避し、岩殿観音へ。
ここは、山門から延びる一本道が美しい。

岩殿観音階段




だいぶ年の離れたおばさんは、だんしたちの会話を聞きながら歩く。


坂戸に「餃子の満州」の工場があるんですよね

満州の餃子うまいよね~!

駅前の満州、ウチの学生が何人もバイトしてると思いますよ

学生のとき、満州でバイトしてるやつが安くしてやるから来いよって言うんで
行ってスゲー飲んで食ったら、何の割引もなく会計されたことあったよ

学生のバイト雇うって、店側もある程度そういうの計算に入れてますよね

そうですよね あるファミレスでは客数に比べて肉の発注がやたらに多くて、
調べたらバイトの学生が食ってたらしいですよ よくあるハナシですよね

おまえやってたんだろ

僕じゃないですよ!僕もファミレスでバイトしてましたけど、
楽しみといえばかわいい子の残したメシを食うことですかね

あー、わかるわかる

小学校のとき、好きな子のリコーダー舐めるのと一緒ですね

基本それと一緒だな


ちょっと待たんかい


だんしのしょーもない生態を小耳にはさみつつ、どんどん歩く。



あー、風が気持ちいいなー

気持ちいいっすね 本番も晴れるといいですね

ところで来年は90周年だから、50キロ歩くんですよね
両方のキャンパスで企画しないと無理ですよね

いいね!ドリームチームでやりたいね!


このダンシたち、(若干のヘンタイであるが)いつも何事にも一生懸命なんである。
ウォーキング大会なんかだりーとかかったりーとか
中止にしちゃえばいいのにとか言わないで、仕事を楽しんでいるのである。

異動になってから感じていることだが、ウチの法人の若手は、素朴で、
面倒なことでも率先して取り組んで、気持ち良く仕事をしている人が多い。
彼らが年齢を重ねても、ずっとこういう姿勢で仕事をしてくれれば、
わが法人は伸びていくと思う。

かかしとだんし



途中のスーパーマーケットでおひるを調達。
思い思いの弁当を購入して、さらに歩く。

Uさんがスーパーで買った「ガリガリ君・梨味」を差し入れしてくれた。
溶けかけていたので棒ですくっていただく。汗をかいた身体に、ガリガリ君がしみる。
すかさずSさんが「塩分補給タブレット」を配給してくれた。

気配り細やかな男衆である。


話題は差し入れから、めしをおごること、そして後輩との人間関係へ。
男子三人の年齢は真ん中、Uさんが後輩との付き合い方の難しさを語り出す。


後輩をガストに連れてってご馳走してやったってやつがいたんですけど、
後からその後輩に「もっといいところ連れてけよ」みたいな陰口叩かれたらしくて。
トラウマになっちゃいますよね、そんなこと聞いちゃうと。

学生時代、合宿に行ったとき、後輩にちょっといいカッコしたくて、
コンビニで、よし、ここはおごってやるから好きなもの買え!って言ったんですよ。

そしたら会計が1万7千円ですよ?!コンビニで1万7千円てどういうことだよって。
10人くらいしかいなかったんで、一人1700円ってことですよね。
これもいいっすかって「ジャンプ」かごに入れてるやつとかいて。
女子なんかプリンいくつ食うんだよって数買ってんですよ!
新幹線で帰れないかもってとこまでおかね使っちゃったんですよ。あぶなかったです。

いや、難しいです。先輩が後輩を大切にするってどういうことなんですかね…



他のだんし二人もうんうんと頷いている。
後輩には尊敬されなければならない、でも当今、先輩風吹かせるのは万全の注意が必要。
難しいよね。

二十代前半から半ばにかけて、わたしもそんなことで悩んでいたなぁ、と思う。
よく背伸びして、まさに身銭を切って、後輩にご馳走したりしたっけ。

食わせてやり、飲ませてやれば人はついてくる。
そんな人心掌握術も、操り方は難しいよなぁ。


初秋の空


男衆とおばさんはひたすら歩く。

歩きながら、だんし三人衆の中でいちばんおにいちゃんのTさんが、
小学校の時のやさしかった先生との心温まる思い出を話してくれた。


それを聞いた三人衆の末っ子、Sさんが口を開く。

僕も心温まるハナシ、していいっすか
僕に起こった「鶴の恩返し」なんですけど…


彼のはなしを極限に簡略化すると、S少年とその友だちが小学校に登校するとき、
なぜか鶴が彼らを見守るかのように、学校までずっとついてきた。




…。




……。




…終わり?




終わりです。



別に鶴助けたわけじゃねーんだよな

ハイ

単にたまたま同じ方向にずっと飛んできたってことじゃねーのかよ

いやあれは俺らを見守ってました

それに…



その鳥、鶴じゃねーだろ



いやあれは間違いなく鶴でした

おまえ実家どこだっけ

千葉です

ぜってー違う



先輩だんしふたりにメチャクチャに突っ込まれても、Sさんはメゲナイ。
しばらくして、明るい声を上げた。


ここが今回のコースのクライマックス、島田橋です!

島田橋1


木の素朴な風情がなかなかいい。
生活道路らしく、橋の上を軽トラが走り抜けていった。

島田橋2


時代劇の撮影にしばしば使われるらしい。

島田橋3


遠景。夏草に埋もれる感じが何とも言えずイイ。

島田橋4


島田橋を過ぎ、川沿いを歩く。
相変わらず、上司や職場の文句を言うこともなく、さわやかな男衆である。

突然、Sさんがうれしそうな声をあげた。


ほらイナガワさん、鶴ですよ鶴!あそこ!

鶴じゃねーよ


上の写真の中央あたりを拡大した画像。

シラサギ



…。




サギだろ




いや、だから…



さっきのハナシは詐欺だって言いたいのか


上のおにいちゃんに睨まれ、末っ子万事休す。


この後もあやしい四人組はきゃっきゃ言いながら歩き続け、
ヤマビルに襲われることもなく無事に完歩。

久しぶりに3万歩以上歩いた。
両足にマメができ、疲れたけど楽しい珍道中だった。


ちなみにオバチャンは到着後、大学の敷地内でよそ見をして歩いていたところ
段差で足を踏み外し派手に転倒。
ひどい捻挫をして画龍点睛の欠きっぷりの良さを見せつけた。

捻挫


10月の本番、好天に恵まれますように。
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| 仕事・ライフワーク | 23:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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全国中学校バスケットボール大会

8月21~24日、埼玉県下で全国中学校バスケットボール大会が開催された。
最終日以外は県内3ヵ所に分散しての開催で、
22~23日の2日間、さいたま市会場の救護係として参加してきた。

普段は柔道の審判員や救護係として活動しているわたくし、
バスケの試合のオフィシャルは初めてである。

というわけで本稿は、バスケのど素人の視点による、初めてのバスケ大会記である。

さいたま市会場はさいたま市記念総合体育館。
開場前からわらわらと中学生。

さいたま市総合記念体育館


選手たちも、補助の子どもたちも、まだ中学生。とにかくかわいらしい。
で、時々びっくりするほど背の高い子がいる。さすがバスケ部。でも幼い。


そして何といっても…



でぶがいない



普段柔道会場に入り浸っているワタクシ、
バスケの子らのオール標準体型もしくはやせ型、が新鮮。
ふとっちょがいないと、仲間がいないようで、何だかそわそわしてしまう。


どの子も挨拶が気持ちいい。
礼は武道の専売特許かといったら大間違い。柔道も負けてられません!

さて、医療スタッフが割り振られたのは、会場を窓越し真ん前に望める部屋。
ご覧の素晴らしいロケーション。

救護室


男子の前年度優勝チーム、地元埼玉の大石中。
救護室からはこんな迫力で見えた!

男子!



会場では、さいたま市の中学校体育教諭の先生たちが運営にあたっていた。
各学校でバスケ部の顧問をしている先生がほとんど。
運営に大わらわな先生たちも、やはり試合が気になるようで、
入れ替わり立ち替わり観戦に最適な救護室に来ては、試合を観戦していた。

また、今回一緒に参加した鍼灸師のはるちゃん先生は、バスケの元国体選手。
はるちゃんと先生たちの話を傍らで聴き、観戦しながら、シロウト、にわか知識を得る。


デカい選手は「1枚、2枚」と数える


用例) 「あのチームは、3枚いるから強いね」
考察) 柔道の団体戦で、超級が何人いるか数えるようなものか。

写真は決勝トーナメント、わが故郷・静岡の強豪である常葉学園と、
開催地・埼玉県の宗岡中学との対戦。

宗岡中は「3枚いる」チームである。
前半は宗岡中学が押していたが、後半になり常葉が盛り返し、
接戦は常葉学園が僅差で勝利。来年の全中バスケは静岡開催、頑張れ!

常葉対宗岡


次。

わざとファウル(反則)をとる戦略があるらしい


ウィキペディアによると、こんな感じ。

ファウル(Fouls)は、バスケットボールにおける反則のうち、
どちらかに責任のある不当な体の触れあい、
およびスポーツマンらしくない行為の総称。

※傍線筆者




…。




ダメじゃん



柔道競技の審判員であるワタクシからすると、
わざと反則なんてありえない!卑怯者には「指導」を!反則ダメ。絶対。
などと言いたくもなり、そして言ってみたら、はる先生に「うるさい」と一蹴され。


次。


球技全般がからっきし苦手なワタクシ。

しかし、中学、高校と体育でバスケをやったとき、わたしは、
この状況に活路を見出すことだけは得意だった。

ボールの取り合い


これを、ヘルドボールという


そして、この紛争の平和的解決の方法が…


今はジャンプボールではない∑(゜д゜)


何でも今は、オルタネイティングポゼションルールとかいう
覚えきれない名前の仕組みになっているようである。



次。

床を拭くスタッフをモッパーという


ゲーム中、転倒があると、ただちにモップを持ったスタッフが床を拭く。
その出動、遂行、撤退、の素早さたるや、特殊部隊である。

モッパー出動


ピリオドの合間には、デモンストレーションじゃないかと思うような
見事なフォーメーションでモップがけ。

ハーフタイム


そして、コートを出るときに必ず一礼。
柔道場の入退場の礼もきちんとできない柔道部員がいる中で、
モッパー中学生にお株を奪われた感じである。

モッパー一礼


今回の初参加で、このど素人が何に感動したってモッパーである。
聞くと、彼ら、彼女らは地元中学のバスケ部員。
素晴らしいチームは、決勝のモッパーに指名されるという栄誉に浴すとのことである。
われわれで例えるならば、決勝の指名審判員というところか。

モッパー、控えで何を思う。
来年はこの舞台に、選手として立てるといいな!頑張れ!

モッパースタンバイ


そして。

たった一度転倒しただけで、床を拭かなければならないほどの汗をかく
バスケットボールという競技。

今回、びっくりしたのが、


バスケの審判、運動量パネェ


ということである。

はる先生によると、反則は選手の「前」、あるいは選手と選手の「間」で起こるから、
背中を見ていたのでは反則はわからない。
つまり、審判は選手より速く走って選手を「横から」見なければならない。

2名の審判で最初から最後までボールを追うのだから、緩急は選手よりずっと少ない。
実際、救護室でわたしが診たのは、選手より審判員の方が多かったくらいである。

柔道の審判は、ゆっくりと動くことがよしとされる。
したがって、引退して相当太ってしまっても審判はできる。

しかし、バスケの審判は、「現役」でなければ絶対に無理だと感じた。
体力、そして何より審判に求められる集中力のことを考えれば、
1日1試合、頑張っても2試合だろうなと思った。


審判についてもうひとつ。


審判することを「笛を吹く」という


話を聞いていると「あの審判は○○大会で笛を吹いたことがある」とか、
「決勝で笛吹くの誰なんだろう?」とか。

わたくし、そんなわけで出番を終えた審判員の先生のケアをしながら、
「今日は何試合吹いたんですか?」などと言ってバスケ界の人間ぶってみた。

また、「笛を吹く」あるいは単純に「笛」、「吹く」は、
試合中に審判がファウルをとる行為そのものも指しているようだった。

「え?今の吹かないの?完全にトラ(トラベリングか?)でしょ!」
「今の笛、ダブドリ(ダブルドリブルか??)ってこと?あれで吹かれちゃかわいそうだよな~」

と、試合観戦の体育の先生たちが口々に講評。
どの競技でも、審判は、見る人にやいのやいの言われちゃうんだなぁ。


さて本題。

救護活動はどうだったかというと、やはり全国クラスになると
自前でトレーナーを帯同しているチームが多く、仕事自体はそんなに多くなかった。

選手への需要がそれほど多くないとわかったので、審判員の控室に
コンディショニングサービスを行っているのでご利用ください、と声をおかけした。
すると、先にも書いたが審判員のみなさんの需要がたいへん多く、盛況だった。

で、お客がいないとき何をしていたかというと…


折り紙でくす玉づくり

救護室くす玉


なんでもこの大会に向けて、さいたま市内の中学生が、
全国から集まる仲間たちの健闘を祈って、各チームに千羽鶴を折ったそうである。
しかし大会当日になって鶴が足りないことが発覚、
体育の先生たちが運営の合間に必死に折り続けたとのこと。

で、鶴はひと段落したのだが、折り紙がなにしろ大量に余っている。
救護室の客もまばら。

というわけで、客がいないときは、体育の先生たちとわれわれ救護スタッフとで、
無心にくす玉を作っていた。たくさんできた。

折り紙を指導してくれたのは、女性でありながら男子バスケ部を率い、
関東大会まで連れて行ったというヤマザキ先生。
ちなみにヤマザキ先生は、現役時代、試合開始のジャンプボールの着地で足関節を捻挫し、
プレイ時間ゼロ秒で交代という記録の保持者である。

プログラムとくす玉


試合の合間に、会場を歩く。
インターハイを思い出す。

中学でも高校でも、全国大会では、会場の外にたくさんの売店が出る。
大会の名前が入ったTシャツやタオルがうれしくて、
貴重なわずかな小遣いで、選びに選んで買ったのを思い出す。

で、当たり前であるが、衣類はトールサイズが充実している。
ちなみに柔道会場では、でぶサイズがありえないほど充実。

売店


そして大塚製薬によるポカリスエットの無料ブース。

わたしが高校1年生で初めてインターハイ会場に行ったとき。
何に感動したってポカリがタダで飲めたことだった。
全国大会に来ているんだな!と思った。

ポカリスエット


さて、そんなこんなの2日間。
たまにはこうして柔道以外の競技に触れて勉強するのも大切だなと思った。

今回、このような機会を与えていただいたJATAC埼玉の金井先生に感謝である。
ありがとうございました。


帰りのクルマから見た、夏の終わりの空。

夕焼け


今日、この全国大会で引退という3年生も多かったと思う。
たった2日間だったけど、負けたチームの選手の泣き腫らした顔を、何度も見た。
君たちは、どんな気持ちでこの空を見た?

とりあえずは大きな節目の大会が終わったんだよね。お疲れさん。
高校でも、バスケ続けろよな!

あきらめたら、そこで試合終了なんだぜ!

| 仕事・ライフワーク | 15:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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セミの抜け殻

厳しい暑さは続くが、空は少しずつ高くなり、夏の盛りは過ぎたのだなと感じる。

今朝、公園のけやきの木を見上げたら、セミの抜け殻がいくつもくっついていた。
男の子が抜け殻取りを頑張っていた。
それを見守るお母さんが、もういっぱい取ったじゃん、とあきれたように笑っていた。


その風景を見て、今年の夏も、ふと思い出した。


かつてわたしが、整形外科診療所に勤めていた頃。
ある夏のはじめ、肘の骨折で転がり込んできた4歳のKくんがいた。
上腕骨顆上骨折。子どもの骨折の王様である。

ずれた骨を元通りに治す治療を、わたしが担当した。
この治療は痛い。でも仕方ない。

以来Kくんは、われわれスタッフを警戒し、寄りつこうとしない。
とりわけわたしを「オレを痛い目に遭わせたやつ」と認識したらしく、
いつも固い表情で絶対に笑ってくれない。
切ないのだが、よくあること。これも仕方ない。

骨折だけではなく、夏の暑い時期のギプス固定で皮膚の管理も大変だったのだが、
本人の頑張りもあり、骨折は順調に快方に向かっていった。

しかし腫れが引き、関節の動きがよくなってきても、Kくんは笑わない。
わたしたちスタッフの中でも、「笑わないKくん」は名物になっていた。


夏も盛りを越えた頃。
夏休みにケガをした子どもたちでごった返すリハビリ室。
患者さんたちには申し訳なかったが、2時間、3時間待ちは当たり前だった。

ある日、Kくんのお母さんがリハビリ室に来て言った。
「待ってる間、公園に行ってきますね」。

わたしが勤めていた診療所から歩いて30秒ほどのところに、大きな公園があった。
よく、そこでケガした子が担ぎ込まれてくるのだが、
公園はリハビリ待ちの子どもたちのオアシスでもあった。

Kくん母子は、2時間ほど経った順番直前のちょうどいい頃合いに戻ってきた。

ごめんね、お待たせ。さあ今日も頑張ろうか。

すると、Kくんはいつもの不機嫌な顔のまま、わたしに大きなビニール袋を突き出した。


??


「先生にあげるって、頑張っていっぱい取ったんだよね」


ビニール袋には、50匹は下らない、大量のセミの抜け殻!!

お母さんに聞くと、Kくんは公園に行き、いつものようにセミの抜け殻を拾い始めた。
しばらくして突然、昨日までに集めた「宝物の」抜け殻を、自宅まで取りに行くと言い出した。
自宅に戻って宝物を手にしたKくんは、再度公園に戻り、さらに宝物を増やした。


「すみません、こんなのこんなにもらっても迷惑ですよね」


お母さんはKくんには聞こえないように小声で言って、困ったように笑った。

リハビリ室にいた当時のチーフのシノ先生が言った。

「よかったな!イナガワ先生、セミの抜け殻大好きだもんな!」



…抜け殻大好きって。



リハビリ室の他のスタッフは、笑いをこらえている。

しかし、チーフの合いの手に、そしてKくんの心意気に応えぬわけにはいかぬ。


「Kくんありがとう!センセイ、セミの抜け殻大好きなんだよ!大事にするね」


Kくんはムスっとした表情のまま、ちょっと誇らしそうな顔になった。

リハビリの後、お母さんはKくんの手を引き、
すみませんすみませんと言いながら帰っていった。

その日、全員の患者さんがはけた後。
今日のKくんの顛末で、先輩たちは大爆笑。

シノ先生が改めて言う。

「いや~、イナよかったな!セミの抜け殻50個、大事にしろよ!」。


他の先輩たちも口ぐちに言う。

「こりゃ捨てられないな!」
「宝物だぞ、これ!」
「イナだけに心を開いてくれたんだもんな!」



…。




Kくんの気持ちはうれしかった。本当にうれしかった。
たしかに捨てられない。

しかしセミの抜け殻、それも50個は…



苦渋の決断を迫られたわたくしが出した結論。

診療所のわきにはシュロの木が植わっていたのだが、わたしは、
その幹に美しい配置を考えて50個の宝物を飾ることにした。


翌朝。通院してきた患児どもは、シュロの木を見て大興奮。
「すげー!」「すげー!」と絶賛していた。

しかし、騒ぎを嗅ぎつけた当時の看護師長(当時は看護婦長)が、
シュロの木に止まった大量のセミの抜け殻を見て悲鳴を上げた。
口うるさい婦長さんに、わたくしはこっぴどく叱られ、撤去を命じられた。

悔しかったので、背の低い婦長さんの死角になる、
同じ木の高い部分に全50匹全員引越してやった。


Kくんはその後も順調に回復し、お彼岸のころには完治し、卒業していった。
最後までムスっとしたままだった。

彼はいま、立派な青年に成長していることだろう。
「オレを痛い目に遭わせたあいつ」に、宝物をあげたことなど、忘れてしまったと思う。

でも、わたしは毎夏、セミの抜け殻を見てはKくんのことを思い出す。
50匹には困ったけれど、彼が「あいつにオレの宝物くれる」と思ってくれたことは、
わたしの中で、かけがえのない。


十数年前の、夏の思い出。

| よしなしごと | 17:45 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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読書

先週末、野暮用があり静岡の実家に帰った。
わたしにはふたり弟がいるのだが、ふたりともちびたちを連れて顔を見せてくれた。

で、下の弟の娘である姪っ子・はなちゃんも来てくれたのである。
はなちゃんは中学2年生。どういうわけか勉強ができる。読書家である。

あまり本は読まないと思われる下の弟が、わたしに言った。

「姉さん、最近面白い本読んだ?読み終わったのあったら、送ってくれない?」

つまり、はなちゃんが読むわけである。
これは本好きのオバチャンとしては、ひと肌脱がねばならないだろう。

最近読んだ中では、ラストが歯ぎしりするほど気に食わないのだが、
全国すべての小学校高学年から中学生の子どもに読ませたいと思った本がある。

はてしなく残念なラストは最終章を読まなければ回避できる。
ラストに至るまでの道程が何しろ白眉な作品。
残念さを書き出すとたぶん止まらないので、本稿における書評は以上とする。



はなちゃん、重松清って知ってる?

知ってる!

『きみの友だち』読んだ?

読んだことないけど…ケガした子の…

そうそう、表紙が松葉杖だもんね


はなちゃんとしばし読書談義。


はなちゃん、誰の本が好きなの?

東野圭吾とか、○△×□(←知らない)とか。あと…

うん

吉田…吉田、ええと、吉田何だっけ??

吉田か。吉田で有名な作家といえば…




!(゚∀゚ )




吉田兼好?徒然草とか?






…違う




そんなわけで姪っ子に軽く引かれ、オバチャンは東京に帰ってきたのである。

早速、古本屋に売っ払おうと思っていた本のダンボール箱をひっくり返す。





…。






……。






性描写のない小説がない




いや別にワタシがそういうのが好きなわけではないのである。

ちょっと前に某古本屋の100円コーナーでなるべく分厚いやつを大量に買ってきて、
貪るように読んだ本がいずれもそういう傾向だったのである。

大人が読む小説というのは、たいがい男女の機微が描かれ、
つまりそこには性描写がつきまとう。

オバチャンとしては、思春期の姪に読ませるものには気を遣いたいところである。


しかし何よりオバチャンは、たまにしか会わないかわいい姪っ子に、


こんなんばっか読んでんのかあいつ


と思われるのは悔しいのである。


そして自意識過剰なオバチャンは、ふと思うのである。



自分は中2の時、何を読んでいた?





…。





そう。
わたしが中学1年のとき、あの驚異的発行部数の小説が発売された。






ノルウェイの森。




当時、友だちにあの赤と緑の単行本を借りて、特にどうということもなく、
上下巻を3日ほどで読破した。

が、大人になってから読み返して思いましたけれど、



あれ、けっこう過激ですわよね。




早いものだな、わたしが『ノルウェイの森』を読んだのと同じ年になったのか。
わが姪っ子は、アタシが言うのもなんだが、まっすぐいい子に育っている。

オバチャンが送りつけてくる本が若干過激でも、
クラスの男子が中二病の山場を迎えていようとも、
自分に必要なものを取捨選択してしっかり育ってくれるだろう。


…とはいえ、海堂尊の「チーム・バチスタ」シリーズとか、
石田衣良のあっさりしたやつとか、古典の口語訳本とか、
夜な夜な無難なチョイスをしているオバチャンがここにひとり。
おっとあぶない、『不夜城』が混入するところだった!

わが姪っ子へ。
良書も悪書もたくさん読んで、いろんな世界や価値観を知ってください。

本日は以上。

| よしなしごと | 22:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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スタンド・バイ・ミー

現在、大学の学生課に勤務している。
学生課には窓口だけでなく、保健室と学生相談室もあり、連日学生さんで大賑わいである。

以前、現代における二十代前半の学生気質について、思うところを書いた。




  行くも勇気、留まるも勇気。

  進めないのは「みんなより弱いから」ではない。
  進まないことだって勇気がいるのだ。

  彼らに共通しているのは、他者に「弱さを見せられる強さ」がないということ。
  友だちに相談できない、家族に知られたくない…。




昨日の保健室。
朝から一人の男子学生が、保健室の応接セットに座っていた。
浮かぬ顔。生きにくいんだろうな、というのがひと目でわかった。


数時間後、昼休み。
彼はまだ、同じ場所に座っていた。
保健室の看護師さんと、学生課のパート職員のねーさまたちと、仲良くランチタイム。
笑顔爆発の元気な「おかん」たちに囲まれて、彼も控えめに笑っていた。

この職場に異動になってから、いつも思っていた。

ここのねーさまたちは、仕事というのではなく、ただその場に来た若者たちを受容する。
対人援助の専門性とか原理原則とか、そういったことは関係なく、「ただそばにいる」。
「ただそばにいる」ことが、若者の体温をたしかに上昇させていることを感じる。

それは、今までの教師としてのわたしにはできなかったことだ。
ここのねーさまたちだから、「ただそばにいる」ことができるのである。
つまり、「ただそばにいる」には、評価する存在であってはならない。

ねーさまたちは、学生たちが授業に出席せずにいても、後ろ向きの発言をしようとも、
やわらかくたしなめつつも、決して評価することはしない。
その立ち位置が、生きずらさを感じている若者の居場所をつくっているのだと思う。

わたしは今、大学においては評価する存在ではない。
今までは教員だったり臨床家だったりしたのだから、学術や治療においては評価する存在であった。
さらに専任教員としては、学生の生活にまで立ち入って指導しなければならないこともあった。
パターナリズムの功罪について悩み、考え続けてきた。

今わたしは、せっかく専任教員を外れているのである。
与えられた場所で、評価する立場を離れているのである。

今この場所でわたしは、学生たちの「ただそばにいる」大人で在ろう。

| 学校 | 22:08 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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