くまの窓 ~柔道家・柔道整復師・大学教員のいなじのブログ

柔道家で、柔道整復師で、大学教員のいなじのブログです。

2007年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2007年11月

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

北海道!【恵比島編】

さて、学会を終えたわたしは、帰京せず。
そのまま道内を4時間近い時間をかけ移動、父の実家、雨竜郡沼田町へ。

沼田町は人口が4000人を切った過疎の町です。
その沼田町の中で、さらに21世帯しかない地区、恵比島に父の実家があります。

そこでばあちゃんがひとりで暮らしています。

わたしの尊敬する、働き者で誰にでも何にでもやさしいばあちゃんです。

あしが不自由なのに、駅まで迎えに来てくれました。
無人の恵比島駅に降り立つと、ちっちゃくなっちゃったばあちゃんの姿。
ばあちゃんは昔、大柄でした。70キロあったそうです。
わたしのからだがでかいのは、ばあちゃんの血筋なんですな。

「どこのにーちゃんが来たのかと思った」

…ばあちゃん、開口一番それかい?!

ばあちゃん、たくさんごはんを用意してくれてました。
秋味(鮭)も大きな切り身を二つずつ焼いてくれる。鍋いっぱいのおでん。
ごはんは必ずおかわり。大皿いっぱいのぼたもち。朝からジンギスカン。笑

「ばあちゃんありがとう、もういいや」
「もっと食べればいいべさ」
「いや…もう32歳なんだよ~。子どもの頃のようには食べられないよ」

ばあちゃんの中で、わたしはいつまでも「柔道頑張ってる、よく食べる初孫の郁ちゃん」なんでしょう。

初めてばあちゃんとふたりの時間を過ごして、たくさんたくさん、話しました。

静岡の両親、弟たちのこと、特に「にーちゃん」、わたしの父のこと。

父はわたしが恵比島に行った前の日、自営の仕事を辞めました。
五十代で、早いリタイアだと思う。でもそれも父の人生…と思っていたのですが。

ばあちゃんばっさり、「仕事辞めるなら酒やめればいいんだ」と。

そうだ。くそオヤジ、働け!
酒飲みすぎなんじゃ!そんなとこだけ似さすな!
…仕事辞めたんなら、北海道に来てばあちゃんと一緒に過ごせ!雪のひとつもかけ!

そんなこと思っていたら涙が出てきた。

若い者の心配をよそに、ばあちゃんはひとりでも弱っても、
にゃんこと一緒に恵比島で生きていくんだな。

わたしが帰る日、ばあちゃんはやはり駅まで送ってくれました。

ばあちゃん、おでんたくさん作ってくれたのにごめんね、
ごはんたくさん炊いてくれたのにごめんね。ぼたもちまた作ってね。

ばあちゃんが会うたびに弱り、年をとっていくように、わたしも年をとってゆくんだな。
食えなくなったことで実感。ばあちゃん、ホントごめん。

ばあちゃんと握手して電車に乗り込みました。

駅から家までのほんの数十メートルの距離、ばあちゃんが転ばないか心配でした。

今度は胃袋鍛えて、ばあちゃんの期待に応える孫(三十路)にパワーアップして恵比島に帰ろう。
そんなことを考えながら、2時間に1本、1両編成の留萌本線に揺られて帰路に就きました。


写真は、恵比島駅にかかる虹。ものの数分で消えてしまったけど、ばあちゃんと見られてよかったです。


blog_import_4ca3fbe45d37a.jpg
スポンサーサイト

| 大切なひとたち | 13:25 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。