くまの窓 ~柔道家・柔道整復師・大学教員のいなじのブログ

柔道家で、柔道整復師で、大学教員のいなじのブログです。

2010年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年01月

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恩師と戦友と

12月18日、わたくしの前の職場であるK整形外科の忘年会があった。
K整形外科は、わたしが10年間ほねつぎ修行をした柔道整復師の虎の穴である。

忘年会は毎年恒例、現役職員とOB(OGはわたしだけ)で、
ゴッド・ファーザーである名誉院長を囲む和やかな会である。

御年84歳(!)の名誉院長、今もまだ現役の医師である。
現在は息子のY先生が院長を継いでいる。
でも、長年親しんだ「院長」って、名誉院長を呼んでしまうんだよな。

今年も院長を慕って、池袋に約50人が集まった。

2010忘年会


会に先立ち、4月に亡くなった一門出身のK先生のために、黙祷。
次いで名誉院長挨拶。


年をとってくるとね、人に会うのがうれしくて仕方なくなるんです

今年は、僕の小学校から一緒だった同級生が3人ほど亡くなってね

年が年だけにだんだん減っていってしまうんですね

そして今年は、K君が亡くなりました

去年この会で彼と話をしたことが思い出されます

ひとの人生というのは、いのちというのは、本当にわからない

だからひとを大事にしなければならない

毎日を大事にしなければならない

僕は、今年もこうやって、ああ彼は相変わらず彼だなあって

皆さんに会えることがうれしくて仕方ない



飾り気のないあたたかい言葉で訥々と話す姿。
今まで、そんな院長にたくさんのことを教わってきた。

在職中は、厳しくておっかなくて、話しかけるのもはばかられる存在だった。
今でもわたしにとって、世の中でいちばんコワイ存在がこの院長である。


地震カミナリ火事院長!

現在わたくし、進路のことで迷ってもおり。
院長はわたしに、こう言ってくれた。



どこに行っても、一生懸命やりなさい
君はどこに行っても大丈夫だ



院長はわたしが退職する日にも、同じ言葉をくださった。
院長が大丈夫だと言ってくれるなら、わたしは大丈夫なのだろう。
そう思える。


忘年会では、同じ釜のメシを食った先輩や後輩に会えるのも楽しみである。

兄と弟と

K整形外科で修行した後、わたしは教員の道を選んだが、
ほとんどの柔道整復師は、独立して接骨院(整骨院)を開業する。

カナイ先生。
わたしをいちばん鍛えてくださった先生である。
わたしは臨床で迷った時、「カナイ先生ならどうするだろう」と考える。

イチカワ先生。
今夏開業したフレッシュな「院長」である。これからが勝負!ガンバレ!

トキダ先生。
「何かおもしろいことやってください」と振ると、200%返してくれる逸材。
先生とコラボした伝説の宴会芸「アルプスの少女ハイジ」…悪夢のごとく忘れられません。
先生の真似して、わたしもブロガーになりましたよ!


そして…

早兄やん

くやしい時、かなしい時、うれしい時。
10年間で、最もたくさんの苦楽をともにしたのが、現在の主任・ハヤカワ先生である。
先輩より先に退職してしまったことがわたしには心残りで。
でも先生が古巣にいてくれるという心強さもある。

わたしが失敗した整復をリカバーしてくれたり、
他の先輩に叱られて泣いていれば涙を拭いてくれたり、
職員旅行の宴会芸でコンビを組んだり。



忘年会の日は、みんな院長のもとで修行していた頃に帰る。
多くの先輩や後輩、同僚とともに、ただ毎日たたかっていた頃。

何年経っても、行く末来し方を語ることのできる仲間に感謝。
行く末来し方を見守ってくれる恩師に感謝。

毎年、来年も頑張ろう!と思う、そんな忘年会なのです。
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