くまの窓 ~柔道家・柔道整復師・大学教員のいなじのブログ

柔道家で、柔道整復師で、大学教員のいなじのブログです。

2011年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年05月

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被災地支援活動③



荻浜中学校での活動を終え、今日の避難所訪問は終了。
今後回るべき場所をチェックしながら、牡鹿半島の道を巡回、帰路に就く。

帰路、石巻市街地の、被害が大きかった渡波(わたのは)地区を走る。
このあたりは水産加工業がさかんなところだという。工場は軒並み壊滅状態。
廃墟と化した屋内に、クルマやトラックがひっくり返ってねじ込まれているのが見える。

また、牡鹿半島の海辺の町と異なり、市街地の一部は泥がひどい。

泥がひどいです…


そして、地盤沈下と満潮の影響で、海水が引いていない場所も多い。

石巻の住宅街


そしてこんな風景を見ると、神も仏もない、という思いに駆られる。

倒壊した鳥居


ここに自宅があったのだろうか、ガレキの中を歩いていた女性。

石巻住宅街 たたずむ女性


一度ベースに戻り、石巻専修大学に向かう。
ここには、石巻市災害ボランティアセンターの本部が置かれ、
ボランティアの受け入れや統括などを行っている。

連日、ボランティア各団体の代表者ミーティングが行われている。
Y先生に連れていっていただいた。

大学の構内にはボランティアチームのテント村が。
夜間は氷点下である。みんな、防寒対策を万全にして乗り込んできている。

ボランティア テント村


石巻市でも内陸部にある石巻専修大学は、津波の被害はなく、停電も免れている。
大学内に設置されたボランティアセンター本部。活気がある。

石巻市災害ボランティアセンター


壁には地図がびっしりと貼られ、避難所の位置や道路状況などが
確認できるようになっている。

壁の地図@ボラセン


ミーティングは毎晩19時から。

全国各地、中には海外から来たという各団体のメンバーが続々と集まる。。
被災地に来られない多くのひとたちの思いと願いを背負って、集結した人たち。
専門的技術や資格を持つ人々、何はなくとも体力だけはある若者。
それぞれが得意技を持って、ひとつの目的のもと集まっている。
思いとちからの集結。独特の昂揚感と緊張感がある。

若い人が多いのは、やはり体力があるからだろう。
活動をして思ったが、現地ボランティアには、体力は絶対的に必要である。


ミーティングの最初にボラセンの幹部らしきおじさんから、総括的な事項の伝達があり、
今日新たに参加したチームや個人の紹介。

「どこから来て、何ができるのか」を、それぞれが自己紹介する。拍手があがる。

後半は各分野に分かれての分科会。
ここ石巻市ボラセンでは、以下のように分けていた。


ローラー:
避難所や家屋を一軒一軒まわり(ローラー作戦)、支援網から漏れている被災者を発見、
ニーズを把握、各団体へつなぎ、コーディネートする。
被災地で何回か行き会ったが、小回りの効くバイクで活動しているチームが多いようだった。

マッド・バスターズ:
家屋や道から mud(泥)を処理するガテン系分野。数十人単位のチームも。
春休み中の大学生もたくさん来ていた。体力と行動力があるって素晴らしい。
めざましい働きで、たいへん感謝され需要の高い分野。

メディカル:
医師や看護師、他の医療関係者で医療支援を行う。わたしたちもこの分科会。
医療支援は、その他の地域も同様なのかはわからないが、
石巻市は自衛隊の医官を中心としたチームと、
日本赤十字のDMATが中心となっているようだった。
また、臨床心理士も多数。「こころの支援」は新たな分科会が発足しそうな感じだった。
介護福祉士、ヘルパーさんもちらほら。
お年寄りの多い地域では、今後「介護」も重要分野になると思われた。
また、ボランティアの支援も課題となってきている。

炊き出し:
自衛隊、行政の炊き出しが手薄になるところをカバーしている。
「今日は1万5千食を提供しました」ってスゲー。
たくさん報道されているように、単発の著名人等による炊き出しも行われている。
しかし求められているのは、長期にわたる安定的な栄養のある食事の供給である。
無駄や手薄を出さないためにも、今後、単発部隊も含め、組織化が急務である。

リラクゼーション・エンタテイメント:
楽器演奏、子どもと遊ぶ、足湯や整体を提供するチームもいた。
長期化するにつれて、今後需用が増大すると思われる。


メディカル分科会の様子。
それぞれのチームが、本日周回した箇所や活動、ニーズ等を打ち合わせる。

ミーティング@メディカル分科会


地域の基幹病院が壊滅的な被害を受けている地域では、
無医状態となっている場合がほとんどである。
東北の一部の地域では、元より医療崩壊が起こっている場合もあったりして、
問題はいっそう複雑である。

さらに、医療分野の難しいところは、巡回している何人もの所属の異なる医療関係者が、
それぞれに診断・判断をしてしまうことである。
(これはわたし自身も、安易な言動と独断を大いに反省した)

Y先生によれば、腰部脊柱管狭窄症で手術の日程まで決まっていた被災者の方が、
巡回の医師により閉塞性動脈硬化症と新たに「診断」されてしまい、
処方も方針もガラリと変えられてしまった…ということがあったという。

わたしが行った時には、まだまだ混乱の最中。
医師が巡回している避難所には、カルテが残されている場合もあるが、
それも統一されていなかったり。

この「主治医が定まらない時期の医療提供、情報管理・共有」問題に関しては、
今回の混乱が、間違いなく世界的な投げかけの端緒になるだろう。

例えば現在、マネジメントのために各所に提出可能な複写式カルテが大活躍しているという。
カルテは判断の根拠となる情報の基本であり、記入は日本語に統一するなど、
整備すべき規準は多い。

各職種の役割、各チームの役割。
横のつながりと縦のつながり。
民間レベルで縒られた、まだまだ粗いがかたちになりつつある支援の網。
混乱期はやがて萌芽期へと変遷していくのであろう。


ミーティングを終え、ベースに帰る。

夜から、日体協公認AT(アスレチックトレーナー)のN先生、整体師のO先生、
大阪から駆けつけた柔道整復師のY先生が合流。

夜は、それぞれ腕っこきのエキスパートである先生方とお話をさせていただき、
貴重なひと時を過ごさせていただいた。


「あ~、ビール飲みたいなぁ。不謹慎でも、飲めば明日もっと頑張れるのになぁ」


長期滞在中のリーダーの、こころの叫びを聞きながら、一日目終了。

ちなみに、わたし以外のメンバーは全員男性。
紳士たちの部屋に野郎系ジョシが紛れ込み、逆セクハラ状態。
先生方、失礼致しました…。
何も言わず受け入れていただいたこと、衷心より感謝申し上げます。

④へ続く
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