くまの窓 ~柔道家・柔道整復師・大学教員のいなじのブログ

柔道家で、柔道整復師で、大学教員のいなじのブログです。

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被災地支援活動 第3弾〔1〕

先週末、3度目の被災地支援活動に参加してきた。

今回のメンバーは、医師のY先生、臨床心理士のK先生、
鍼灸あん摩マッサージ指圧師のK先生、Y先生門下の大学生SくんとYくん、
そして柔道整復師のわたくし。

今回は、それぞれ仕事の合い間を縫っての、まる一日の活動。
前日に東京を出発し、まずは東松島へ向かう。

わたしは安達太良SAから東松島まで運転する。
だいぶ改善されたとはいえ、高速道路は依然ガタガタで速度規制されているところも多い。

東松島に到着の後、いつもお世話になっている循環器科病院へ。


活動開始の朝に、まずは腹ごしらえ。6人でぞろぞろと早朝すき家!

早朝すき家


それからクルマは牡鹿半島へ向かう。
途中、渡波地区を通過。
前回の被災地訪問の記事でもふれた、「クジラの大和煮缶詰」の巨大オブジェが、
まだ横たわっていた。

まだ横たわる


そして。

上の写真を撮ろうとクルマの窓を開けたら、とんでもない異臭が車内に入ってきた。
前回もヘドロ臭はあったのだが、今回は比較にならない悪臭である。

ヘドロ臭に加え、大量の魚が腐った強烈なにおい。
慣れれば何とかなるというレベルではない。この悪臭下では、人は住めないと思った。

途方もない瓦礫


瓦礫は、少しずつ減ってきてはいる。

が、集められた場所はごらんの通り。
車窓からは瓦礫の壁しか見えない…。

瓦礫の壁


廃車置場も、延々とこんな感じ。

スクラップ


一度牡鹿半島先端の鮎川まで行き、しばし時間をつぶし、
それから十八成浜(くぐなりはま)避難所へ!

ここは鳴き砂の美しい浜が有名な海水浴場だった場所。
海水浴場のトイレは傾いたまま。

十八成浜海水浴場トイレ


避難所玄関わきには、津波に流されたものを回収してきたと思しき缶ジュースたち。
ぼこぼこにへこんだ缶もある。
こういう缶詰や缶ジュースは、津波に耐えた縁起物として、
首都圏では人気の商品になっているらしい。

津波ジュース


今回は臨床心理士のK先生が同行している。
避難所の皆さんの心理状態が、施術前と施術後でどのように変化したかを調査。

お話を聞きながらアンケート用紙に記入してもらい、それから施術。

施術&アンケート


今回は治療家2名。
前回と同じくK先生と、わたくし。女性2名。

Y先生はわれわれを「ボンドガールズ」と命名してくだすった。
歴代ボンドガールズやキム・ヨナに殴られそうだが、
隊長の命名だから謹んでお受けするしかないのである。

ちなみに今回の行程にK先生がふたりいるので、記事がややこしい。
女性のほうのK先生は、以下ボンドKとする。

ボンドガールズ、頑張って施術!

今回は治療家×2


ボンドKと話す。医療職と心理職のいる現場で気づいたこと。

避難所の皆さんは、わたしたちにいろいろなことを話してくださる。
膝を突き合わせながら、また施術を受けながら。

「臨床心理士というこころの専門職」と自己紹介をしてお話を聞くK先生と、
治療家であるわれわれとで、皆さんの話すことが異なることに気づく。

お話を聞く


ひと言で言うと、深さが異なる。
施術をしながら小耳に挟むと、皆さん、K先生にはけっこう深刻な話もしている。

でもわたしたちへ話してくださることは「世間話」の範疇を超えない。
きっと、わたしたちに気を遣って「元気なふり」をしている方もいるんだろう。

アンケートの「考え込んでしまうことがありますか」という質問に、
「この状況で考え込まないほうがおかしいべ」と笑うおとっつぁん。

初回訪問でも思ったが、今後は、長期的な心理的支援が重要になる。
ボランティアの「草の根の交流」に加え、専門職による専門的介入は必須である。
途方もない「喪失」に対して、周囲はどのようにアプローチしていけばいいのか。


さて、今回は3度目の訪問だったが、十八成浜の避難所周囲は、
瓦礫がかなり片付いた印象があった。

下の写真は初回訪問時。
震災から3週目の避難所前の様子である。

before


これが今回。
角度が違う写真だが、2枚の写真に写っている手前の田んぼは同じ田んぼである。
だいぶ瓦礫が撤去されてすっきりしてきたのがわかる。

十八成浜避難所前


聞くと、昨日、なんでも「105人のボランティア隊」がやってきて、
一気に片付けてくれたんだそうだ。
やはり、こう広範囲の大災害では、行政のアクションを待ってはいられないのだと思った。

「でも、家は、人手だけじゃどうしようもないよね」

そう、倒壊しばらばらになり、瓦礫となってしまった家屋は撤去できる。
しかし、倒壊こそしなかったものの、傾いたり基礎が破壊されたりして
もう住めなくなってしまった家屋は、そう簡単に撤去することはできない。

「流されなかっただけよかったって最初は思ったけど、こうなると邪魔なだけだな」


十八成浜には、古い民家に暮している92歳のおばあちゃんがいた。
前回施術させてもらって気になっていたのだが、今回はいらっしゃらなかった。
聞くと、親戚を頼って転居なさったとのこと。
短期間でのめまぐるしい環境の変化に、耐えられているだろうかと、心配になる。

今回、仮設住宅に移ったとか、アパートに住むことになったとか、
親戚を頼って転居したとか、そういうたくさんのお話を耳にした。
たしかに、避難所のメンバーは初回よりかなり減少してきている。

こうして、かけがえのない地域のつながりが失われていくんだな…。
地震が、津波が引き裂いてしまった様々なものを、あらためて思う。


②へ続く

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