くまの窓 ~柔道家・柔道整復師・大学教員のいなじのブログ

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3月11日

大地震から1週間。大災害の全容はまだまだ見えそうにない。
今日、東北関東大震災の死者が、阪神淡路大震災の死者を上回ったことが報道された。

東京は物資不足。普段どおりの買い物ができない。
パンがない。米がない。牛乳がない。ちょっと前までの桃ラーのようである。

しかしわたしには、かなりの量の脂肪という名の備蓄があり。
まあ腹が減っても死にはしないだろう。と思う。
健康デブである自分のからだが頼もしい。



3月11日。

わたしは普通に出勤していた。
明日は卒業式。
補習の2年生が数名来ているのみで、のんびりした日だった。

14時半過ぎ、花屋さんが、式のためにアレンジされた見事な生花を持ってきてくれた。
勝手知ったる花屋さんは、花瓶ごと抱えて校舎の5階まで行き、式典会場に飾ってくれた。

他にも鉢植えの花がいくつも運び込まれ、わたしもそれを手伝った。
花を運び終え、教員室の机に戻ったわたしは、来年度の授業計画について、
教務主任の先生と話をしていた。



あれ?


揺れてますね



けっこう長いですね



けっこうでかいですね




これヤバイですよ!




わたしは、倒れそうになっていた本棚を支えていた手を放し、
他の先生たちと教員室を飛び出した。

出口まで来て、校舎の3階で補習中の連中のことを思い出した。
慌てて教員室の中に戻り、校内に緊急放送を入れる。



2年生!外に出ろ!




エレベーターはダメだぞ!


やつらが降りてくるはずの階段に向かって叫びながら、走って外に出た。
ちょっと遅れて、補習中だったわがクラスの連中5名も校舎の外に飛び出してきた。

いま思えば、外に飛び出したのが正しかったのかわからない。
ただ、その時わたしのあたまの中に浮かんだのは、
先月のニュージーランド大地震によるビル崩壊だった。

外の道路で、立っているのがやっとの状況。しかも揺れが止まない。
多くの人がそう思ったように、わたしも「ついに来た」と思った。

ミシミシと音をたてて揺れる校舎。
土煙とともに割れる基礎のコンクリート。
わたしたちは、呆然と目の前の光景を眺めていた。

足幅を広くして踏ん張って、空を見上げる。まだ揺れている。
わたしが今までに経験した最も大きな地震は、17年前の阪神淡路大震災
あのときより明らかにでかい。

わたしは、「どこかで」とんでもないことが起こっていると思った。
不思議と、この地震の大もとは東京ではないと思った。
かといって実家のある静岡もでもない、と思った。
当然根拠はない。楽観的な自分を思う。

「宮城県で…震度7…」

板橋区の非常災害放送で、切れ切れにそう聞こえてきた。
震度7か…。

教職員全員と補習組5名は無事に校外脱出。
大きな揺れが収まったあと、路上で、学生の携帯でワンセグ放送を見る。
ただちに大津波警報が発令された様で、アナウンサーがしきりに避難を呼びかけていた。


これは歴史に残る大地震である


そう気づいて初めて、戦慄した。


余震が続き、校舎の中に戻るに戻れない。
1時間ほど経過して、おそるおそる校内に戻る。


被災状況①

被災状況②


教員室は足の踏み場もなく。

おそるおそる上った5階の卒業式会場では、看板が落下、破損していた。
校旗や、先ほど搬入されたばかりの花も倒れ、床が水浸しになっていた。

看板が落下


壁にもでかいひび。
塗装が剥がれ、床に散っていた。

大きなひび


そして。
わたしたちは基礎が割れ、校舎が浮き上がるのを目の当たりにしていたわけだが、
改めて確認するとこんな感じになっていた。

写真だとわかりにくいが、20センチ程度浮き上がっている。

地盤沈下



その後、余震で時々屋外退避しながら、教員室の片付けをした。
学生さんが手伝ってくれて助かった。

ちなみに彼ら、わが校の宝である立位の骨模型(本物!)を必死で抑えていて、
降りてくるのが遅くなったそうだ。
おまいら、えらいぞ。


片付けがひと段落した後は、学生の安否確認をしたり卒業式延期の段取りをしたり。
しかし通信網が麻痺。電話、特に携帯電話が通じない…。


いろいろ動き回り、ふと気づくとすごく腹が減っていた。
「あ~、ハラヘッタな~」とつぶやくと、からだのでっかいM先生がおやつを分けてくれた。



はい、特大。



緑のたぬき 大盛り


被災地の方々に申し訳ないと思いつつ、緑のたぬき大盛り、本当にうまかった。
食糧が、お湯が、身近な人の善意が、ただありがたい。


この1週間、ただひたすらめまぐるしかった。
ほとんどの予定が崩れ、重苦しいのにふわふわしている感じ。


今日、学校に、卒業式が延期になったままになっている学生さんがひょっこり現れた。
彼の実家は福島。それも原発から10キロ圏内だという。
彼の親御さんは、東京の彼のアパートを頼って避難してきたようだ。
しかし、彼のお兄さんは、あの原発の職員なのだそうだ。
今もなお、福島原発で、あの最前線で、必死にからだを張ってくれている。
ただ、無事を願う。

大災害は、テレビの向こうのことではない。
あらためてそう思った。

これから先、何ができるだろうと考える。
とりあえず、募金と節電。そのほかに。
スラックティビストにならないように。

いまだ余震も原発も予断を許さない状況である。
しかし、被災者ではないわたしたちが踏ん張らねばと思う。



がんばれ日本 がんばれ東北



地震2日後の英紙一面に、涙が出た。


インディペンデント日曜版
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